« 「明治の億万長者本多静六氏」Ⅱ | トップページ

「明治の億万長者本多静六氏」Ⅲ

貧乏書生から身を起こし、学者としても超一流の功績を残し、しかも経済的には巨万の富を築く、これだけの成功を収めればそれで満足してしまうものですが、博士の歩みを止めたわけではなかったのです。昭和二年(1927)大学を定年退職したとき、博士は必要最小限の財産だけを残して、全部を公益関係、育英関係の緒団体に匿名で寄付してしまった。そこで隠遁生活に入ったわけではなく、伊豆の伊東に転居され、博士は「どこまでもどこまでも、いよいよ倒れるまで学び続け、働き続けることを決心した」と博士にとっては「隠居思想こそ人間の自殺行為」なのである。八十歳を過ぎてからも、博士は読書と執筆活動を続け、しかも晴れた日には畑仕事をし、さらに知人・友人からの相談を受ける毎日を過ごしたのです。最晩年には、アインシュタインの相対性理論に感銘を受け、量子力学に興味を持ったというから決して精神的にも衰えていなかったことが分かります。本多博士は昭和27年1月29日、八十七歳で大往生を遂げるわけですが、博士は百二十歳までの人生計画を立て、その年まで元気に生きていくつもりであったそうです。

|

« 「明治の億万長者本多静六氏」Ⅱ | トップページ

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「明治の億万長者本多静六氏」Ⅱ | トップページ