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水野南北先生 の「開運の極意」

水野南北先生は、1757年の生まれで、幼い時に両親と死別し、い

わゆる無頼漢となり、18歳の時酒代を稼ぐために罪を犯して入牢し

たのです。入牢して、塀の内と外との人相に違いがあることに気づき、

人相に関心を持つのです。出獄後、自分の人相を易者に見て貰うと、

険難の相があり、寿命はあと一年、それを避けるには出家するしか

ないと言われ、お寺の住職から一年間、麦と大豆だけの食事をした

ら入門させようと約束を取り付けるのです。南北先生は、沖中士で働

きながらそれを実行し、一年後、易者に会うと「険難の相が消えている

どころか、立派な相になった」と驚いたのです。食事法を改めたいきさ

つを話すと、「それが陰徳となって、人相まで変えたのだ」と言ったので

す。そこで南北先生は諸国遍歴の旅に出、髪屋に奉公して頭の相を、

湯屋の三助になって体の相を、隠亡を志願して死人の骨相を研究し、

実地で相学を研究していったのです。

 観相家として一人前になったのですが、百発百中には到らず、伊勢

神宮の神域にて、凄惨な荒行を行い「人間の運は、その人の食生活

の中に在り」という真理を見つけ出したのです。

 こうして遂に相学の大家となり、数百人の弟子を持ち、本を書き、

晩年には「従五位出羽之介」に叙せられます。南北先生自身、貧相

そのもであったのですが、「食はその人の運命を左右する」という悟

を開いてからは、運はどんどん開けてゆき、晩年は屋敷一丁四方、

倉七棟に及ぶ産をなしたといわれています。

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