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2009年4月

断食療法で有名な甲田光雄先生

 飲食を慎むことによって、運命おも変えることが出来ることを、水野

南北先生は私達に教えて下さっています。この飲食を慎むことは、創

始者西勝造氏の西式療法の中の断食療法によって、死を宣告された

大腸カタルを自分で治され、以後西勝造氏の提唱される西式療法を

治療実践しておられる甲田光雄先生はがんの患者さんや多くの難病

の患者さん達の希望の灯りです。普通の人にとって完全断食は難しい

のですが、すまし汁断食や果汁断食など、取り組みやすい方法を教え

てくださっています。私達の体は、飢餓の歴史が長いことで、飽食を受

入れることが難しいのです。

病気になってから断食療法をされるのは危険を伴います。甲田先生

健康な時の断食は容易に行うことが出来るのだがと嘆息されます。

私はプロテインンの摂取により、もともと腸が弱いため結腸気腫(大

腸の閉塞)を起こして診察をうけました。以後よく断食をしますし、小

食を実践することによって、病気に打ち勝っています。

 

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水野南北先生の「開運の極意」Ⅱ

「水野南北 開運の極意 」編集・発行 大見屋より

 私は長年、ずっと人の人相を占ってきたが、ただ人相のみで判断

すると、金が出来て出世し長生きをする相の人で貧乏し若死をする

人があり、貧乏で若死にをする相の人が実際では金ができ、出世を

し長生きをする人があってなかなか当たらぬことが多く残念に思って

いた。

 ところがあるとき、ふと食物が大事では?と気づき、人の運・不運・

寿命はみな食べ物、飲み物を慎むか、慎まないによって決まるの

ではあるまいかと、試してみたところ、一年前には大難が来るように

なっていた人が、断然飲食を慎んだため大難をまぬがれただけでは

なく、かえって良い事があり生涯貧乏である相の人が、飲食を慎んだ

ため相応の富貴を得て、今は大変出世している人があり、前々から

病弱短命と判断していた人が毎日飲食を慎んだため、心身共健康

長生きをしている人が少なくなくこんな例を挙げると数え切れない

程である。それからは人を占うのにまず、その人の飲食の様子を聞

いてそれによって一生涯の運・不運を判断したところ、万人に一人の

失敗もないことがわかり、人の運命はまったく飲食一つであると確信

し、これを私の相法の極意と定めました。

 そしてこれを人に勧めるだけではなく、私自身が率先し実行し、

一生涯、唯麦を一日一合五勺(現代では玄米一日一合から一合五

勺)酒は大好物だがこれも一日一合と定めた。これは唯自分のため

ばかりではなく、みんが一日も早く飲食を慎んで開運幸福長寿を得

られるに切望してやまないからであった。

飲食が分限(もちまえ)より少ない人は人相が悪くても吉であり、

相応の福分を得、長生きし、晩年幸福である。

飲食が分限より多い人はたとえ人相がよくても何事も順調に行

かず、手遅ればかりで、生涯気苦労がたえず、晩年不幸せである。

小食で厳しく定めている人は、たとえ貧乏して悪い人相であっても

相応の幸せがあり、長生きして何事も大抵、不自由することなく晩年

幸せであり、ひ弱そうに見えても病気をすることがない。

大食いであって、その上量も時間も決まっていない人は問題外で

一生涯運は良くならず、ついに家庭をこわし、病気になる。

飲食に定めがあっても、時々少しでも多かったり少なかったりする

と、収入もまた多かったり少なかったりする。飲食が一定していて

変化がないと、収入もまた一定して変化がく、ただ食事を一定して

厳重に守るのが良い。

寿命の長い短いは、ただ人相だけでは定めにくく、平常の食事の

量を調べて占うと万人に一人の失敗もない。

病気のない吉相の人であっても若い時から毎日贅沢な食事の人

は年をとって胃腸の病気になる。

毎日仕事に精を出すだけでは、立身出世するものではなく一生

懸命、倹約して、大食を慎み少しでも天から頂いている食物を延

ばしこれを基礎として立身出世を計るより他はない。飲食に贅沢

三昧をし、したい放題をして、立身出世を望むものは大馬鹿者だ。

返す返すも飲食を慎しむことが第一です。

酒や肉を多く食して肥え太った人は一生涯、出世発展すること

がなく、慎まないと晩年不幸せである。

繁盛している家の運が尽きつぶれようとしておってももし後継ぎ

の主人がその食事を減らして厳重に守ると収入が自然に延び、

家運は栄える。

たとえ貧乏で苦労の多い人相でも自分自身で、貧乏人らしく

粗末なものを食べ、これを厳重に守り抜く時は自然に貧しさか

ら抜け出して相応の財産ができる。これを自福自得という。

たとえ千日千夜祈ったとしても、そこに誠がなかったならば

決して神明には通じない。もし誠を持って祈ろうと思うならば、

自分の命を神に捧げよ。飲食はわが命をやしなう本であり、

飲食を捧げることは、自分の命を捧げるのと同じである。神は

正直な人のこうべに宿られる。濁ったものは受けられない。

普段三椀であれば、毎日お膳に向かって、自分の信ずる神仏

を心に思い祈るならば、どんな願いでも叶えられないことはない。

一つの道に秀れている者は、たとえ慎みが堅固であったとし

ても天は更に困窮を与えられることがある。これは更に一層

道に励まそうとされる天の御心である。

 大人はこんなことに心を煩わされず、ますますその道励む

ので、遂に天下に名を成す。小人は心がすぐに乱れてつつしみ

を捨て、天を恨むので一生ふらふらして目的を達成することが

出来ない。たとえ小人であっても飲食を慎んで厳しく決めると心

は乱れない。心が乱れなかったらそのうちにきっと目的を達成

すること疑いなし。だから飲食を慎みそのほかのどんなことでも

善いということを実行し天運を待っておるとよい。運は巡るので

ある。善いことも悪いこともみんな自分の実行に従って回っ

る。運は報いである。自分で一度善いことをすれば、その報い

は必ず自分にまわってくる。吉凶ともその報い回ってくる来る

ことは天地の法則である。運ははこぶである。自分の行う善事

が小さくてもこれをだんだん積重ねていく時は、終いには天下

の大きな善事を成しげる. ~より抜粋

南北先生の相貌は実にみにくいもので「背は低く顔猊はせせこま

しく、口は小さく、目はけわしく落ち込み、印堂は狭く、眉はうすい

。鼻は低く、頬骨は高く、歯は短く小さい。また足も・・・・・」と自ら

記述されているように貧相そのものだったそうです。

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水野南北先生 の「開運の極意」

水野南北先生は、1757年の生まれで、幼い時に両親と死別し、い

わゆる無頼漢となり、18歳の時酒代を稼ぐために罪を犯して入牢し

たのです。入牢して、塀の内と外との人相に違いがあることに気づき、

人相に関心を持つのです。出獄後、自分の人相を易者に見て貰うと、

険難の相があり、寿命はあと一年、それを避けるには出家するしか

ないと言われ、お寺の住職から一年間、麦と大豆だけの食事をした

ら入門させようと約束を取り付けるのです。南北先生は、沖中士で働

きながらそれを実行し、一年後、易者に会うと「険難の相が消えている

どころか、立派な相になった」と驚いたのです。食事法を改めたいきさ

つを話すと、「それが陰徳となって、人相まで変えたのだ」と言ったので

す。そこで南北先生は諸国遍歴の旅に出、髪屋に奉公して頭の相を、

湯屋の三助になって体の相を、隠亡を志願して死人の骨相を研究し、

実地で相学を研究していったのです。

 観相家として一人前になったのですが、百発百中には到らず、伊勢

神宮の神域にて、凄惨な荒行を行い「人間の運は、その人の食生活

の中に在り」という真理を見つけ出したのです。

 こうして遂に相学の大家となり、数百人の弟子を持ち、本を書き、

晩年には「従五位出羽之介」に叙せられます。南北先生自身、貧相

そのもであったのですが、「食はその人の運命を左右する」という悟

を開いてからは、運はどんどん開けてゆき、晩年は屋敷一丁四方、

倉七棟に及ぶ産をなしたといわれています。

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食の重要性

作家の五木寛之氏は「大河の一滴」の中で、大変な病院嫌いを告白

されていますが、その為に毎日心掛けておられることを紹介されてい

ます。それは顔と足を朝晩洗うことと、食事の量を30代は腹8分目、

40代は腹7分目、50代は腹6分目、60代は腹5分目、70代は腹

4分、80代は腹3分、90代は腹1分と年代ごとに量を減らしていき、

「自分の体を守るという自立心を持つ」ということが大切であることが

書かれていました。江戸時代の占い師で、古今東西で一番成功され

た、水野南北先生も食に関することを話されておられます。

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自分で癒そう心と体

体をつくるのは食物ですが、病気の原因の60%は心因性によるも

だそうですから、心の働きは心身に大きな影響を与えています。

この心の働きに気づかれ探求され、解脱を得られたのが、仏陀

ゴータマいわゆるお釈迦様なのです。病気をお医者様だけにお任せ

するのではなく、自分が主体となって病気と取り組むことで、病気が

発するサインに気づくことができますよ。

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